mikami lab.@名古屋大学 大学院環境学研究科 環境政策論講座

名古屋大学大学院環境学研究科 環境政策論講座の三上直之のサイトです。2023年10月に北海道大学から現所属に異動しました。

“本場”デンマークでコンセンサス会議が使われなくなった理由

先々週の週末、東工大で「ミニ・パブリックス研究フォーラム」というシンポジウムが開かれ、私も参加してきました。

「ミニ・パブリックス」とは、無作為抽出などの方法で社会全体の縮図となる十数人から数百人規模の人を一般から集めて、あらかじめ決まったテーマについて話し合いを行い、その結果を自治体や政府の政策決定などに用いる方法です。「討論型世論調査」とか「コンセンサス会議」「市民討議会」など、いろいろな手法があるのですが、これらに関わる研究者・実践家は、手法ごとにグループ化されているようなところがあって、相互の交流はあまり活発ではありませんでした。

そこで、ミニ・パブリックスに関わっている研究者や実践家が、おのおの得意としている手法を越えて、一堂に会して交流できる場をつくろうという趣旨で開かれたのが、今回のシンポジウムでした。別府大学の篠藤明徳さん、東工大の坂野達郎さんらの呼びかけで実現しました。

熟議民主主義の研究が専門の田村哲樹さん(名古屋大学政治学)、プラーヌンクスツェレ手法の専門家、ハンス・ディーネルさん(ベルリン工科大)らの講演の後、ミニ・パブリックスの各手法を15分ほどで紹介する時間がありました。私はこのコーナーで、コンセンサス会議の紹介を担当し、標題のような趣旨のお話をしました。内容をここに再掲したいと思います。

※シンポジウム自体、大変興味深い内容でしたので、それはまた別にこのブログで記事を書きたいと考えています。

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時間が限られていますので、早速本題に入りますが、私は普段、ミニ・パブリックスについて一般の方にお話しするときに、こんな表を使っています。これから15分頂戴して、この表の上から2番目のコンセンサス会議に絞って、ご説明させていただきます。

デンマーク生まれの参加型科学技術評価の手法

コンセンサス会議は、1987年にデンマークの技術委員会(DBT)が開発しました。DBTは、デンマークのテクノロジーアセスメント機関です。テクノロジーアセスメント(TA)や、TA機関は、日本には直接対応する制度や組織がありませんのでイメージされにくいかもしれません。新しい科学技術の社会的影響を独立の立場で評価する機関です。ここで言う社会的影響の中には、倫理的、法的、経済的なものも含まれます。そのテクノロジーアセスメントを市民参加で行うための方法として考案されたのが、コンセンサス会議の始まりです。

1990年代から2000年代にかけてこの手法は世界的に大ヒットしまして、遺伝子組換え作物やナノテクノロジーなどのテーマに関して、日本を含む各国で、この手法を用いた会議が開かれれました。

コンセンサス会議の標準的な流れを、こちらのスライドにお示ししています。15人程度という比較的小人数の市民パネルによる熟議、そして徹底した市民パネル主導の進め方が特徴です。説明者・情報提供者として、技術や経済などの専門家も招かれるのですが、この専門家の人たちに、いったいどんな論点でプレゼンテーションやレクチャーをしてもらうか、というのも市民パネルが話し合って決めますし、最終的な政策提言文書も市民パネルがイニシアティブをとって起草します。

日本での主な開催例

日本での主な開催例はこのスライドの通りです。回数は決して多くありません。テーマは、遺伝子組換え作物やナノテクノロジーなど、科学技術、それも社会的な論争を含む科学技術に関するものが中心です。遺伝子治療脳死・臓器移植のような、医療や生命倫理にからむテーマが取り上げられたこともあります。

注目していただきたいのは真ん中の列とその右となりの列にある、運営主体やスポンサーの欄です。運営主体として「研究者グループ」とありますのは、科学技術社会論を中心とする研究者が科研費などを使って社会実験として実施したものです。こうしてご覧いただくとわかりますように、研究段階、社会実験段階のものが中心、ということであります。

北海道での実践例

そうした中、実際の政策形成にリンクする形でコンセンサス会議が用いられたケースとして、下から二つ目の北海道のケースがあります。これは、北海道における遺伝子組換え(GM)作物の栽培の是非をテーマとして、道が正式に主催した会議です。全道から15人の市民パネルを集めて開催しました。運営には、私たち北海道大学のグループも協力しました。

北海道では、他の地域に先がけてGM作物の取り扱いを規制する条例*1が設けられているのですが、この条例については、このまま規制を続けるべきか、それとも緩めるべきかの点検が、数年に1度行われることになっています。その点検の際に、このコンセンサス会議の結果が参照される、という形で用いられてきました。

北海道のコンセンサス会議の時の様子がこちらの写真です。右上の写真が、15人の市民パネル全員で話し合っているところです。このように全員で話し合ったり、左上の写真のように、論点ごとに5人ずつぐらいに分かれて話し合ったり、というのを繰り返しながら進みます。そして最後は提言文書の起草、ということになるわけですが、このときは左下の写真のように、草稿をみんなで持ち寄ってそれをスクリーンに映しながら文章を作っていきました。最後に右下のように、出来上がった提言を市民パネルの代表が北海道庁の農政部の責任者に手渡すとともに記者発表もしました。

日本での研究状況

さて、日本におけるコンセンサス会議に関する研究の状況についてもお話ししておきます。日本では、もともと科学技術社会論などの研究者が、ある種のアクションリサーチとして実践し始めた、というのが導入の経緯ですので、研究はかなりなされています。大きく分けて二つの系統があります。

一つは、このコンセンサス会議という手法や、その実践に研究者自身が取り組むことを通じて、科学技術社会論的なテーマについての考察を深める、といったタイプの研究です(小林 2004, 2007など)。科学技術への市民参加ですとか、専門知がからむテーマについての社会的意思決定、それはよく「トランス・サイエンス」というキーワードで語られたりしますが、コンセンサス会議をいわば一つの「方法」として、そういった科学技術社会論的な主題について研究者が思考を深めてきた、という面があります。

もう一つは、コンセンサス会議の手法そのものについて、日本社会での活用を念頭において、改良や応用のあり方をより具体的に研究するものです(若松 2010など)。私の属するグループでも、ナノテクノロジーの食品への応用をテーマとしとてコンセンサス会議を試行して、その経験を本にまとめたことがあります(立川・三上編著 2013)。

「母国」デンマークでの最近の状況

今後の展望を考えるヒントとして、コンセンサス会議の発祥の地であるデンマークで今、どうなっているかを見ておきたいと思います。じつは、2000年代半ば以降、DBT、デンマーク技術委員会はコンセンサス会議を実施していないのです。彼らのウェブサイトを見てみると、「市民参加」のコーナーに色々な手法が載っているのですが、そのメニューからもついに「コンセンサス会議」ということばが消えました。

これはなぜなのか。私も最近、直接DBTの人たちと話していないので、最新の動向は正確につかんでいないのですが、近年の趨勢として明らかにあるのは、参加型テクノロジーアセスメントも、コンセンサス会議のような小人数型ではなくて、数百人規模の大型のもの、また国境を越えた多国間、グローバルに展開するものに力点が移行している、ということです。

それを象徴する動きが、世界市民会議(World Wide Views)です。これはDBTが主導して2009年から行われている取り組みで、私自身も関わっているのですが、ミニ・パブリックスをグローバルな規模で実施しようという試みです。具体的には、世界数十カ国で同じ日に、同じテーマ、同じ議題や情報提供資料を使って、100人規模のミニ・パブリックスを同時に開催し、討論型世論調査でやるような投票も使って意見を集約し、そこで得られた世界中の参加者の意見を取りまとめ、国連の会議などにインプットする、というものです。これまでに、地球温暖化生物多様性をテーマとして、3回の世界市民会議が行われてきました。

変化の背景にある三つのトレンド

1980年代にコンセンサス会議を考案したDBTが、30年の時を経て、大人数化、グローバル化という方向に向かっている背景は何か。

一つには、市民参加のプロセスを設計し運営するのにかかるコストと、それによって得られるメリット、つまりは費用対効果に対する評価がシビアになってきていることがあります。じつはDBTはもともと政府内の独立機関だったのですが、政府の支出削減策の一環として、3年前に民営化されました(三上 2012)。

また、参加型TAのアウトプットを政策決定への参照意見として用いる際に、その意見のもとになった市民パネルが本当に社会の「縮図」なのかがより厳しく問われるようになっている、といったこともあるかと思います。

さらに言えば、世界市民会議のような展開が出てくる背景としては、話し合うべきトピックそのものがますますグローバル化してきている、ということもあります。

おわりに:今後の活用の方向性

時間が来ましたのでまとめたいと思います。コンセンサス会議という手法には、小人数での熟議や、市民パネル主導の進め方という良さがあり、それを生かす限りでは、日程などをフレキシブルに設計できるという可塑性もあります。こういった長所は、日本でもすでに15年以上の経験の中で十分に確認されています。

ただ、これ単独で何か強力な参照意見が得られる、最終的な合意形成が図れる、といったタイプの手法ではないこともたしかです。デンマークの動向もご紹介しましたが、日本でも、参加型のプロセスをデザインするときに他の手法と組み合わせて、一つのパーツとして用いるような使い方が有望ではないかと考えています。まだ思いつきのレベルですが、例えば、討論型世論調査を大規模に実施するときに、その選択肢ですとか質問ですとかをボトムアップで練り上げる際などに使うことができるかもしれません。

以上、簡単ですが、コンセンサス会議についての説明を終わらせていただきます。ありがとうございました。(2015年12月12日、東京工業大学大岡山キャンパスで)

文献
  • 小林傳司 2004:『誰が科学技術について考えるのか:コンセンサス会議という実験』名古屋大学出版会
  • 小林傳司 2007:『トランス・サイエンスの時代:科学技術と社会をつなぐ』NTT出版
  • 三上直之 2012:「デンマーク技術委員会(DBT)の「廃止」とその背景」『科学技術コミュニケーション』11: pp.74-82
  • 篠原一編 2012:『討議デモクラシーの挑戦:ミニ・パブリックスが拓く新しい政治』岩波書店
  • 立川雅司・三上直之編著 2013:『萌芽的科学技術と市民:フードナノテクからの問い』日本経済評論社
  • 若松征男 2010:『科学技術政策に市民の声をどう届けるか:コンセンサス会議、シナリオ・ワークショップ、ディープ・ダイアローグ』東京電機大学出版局

*1:北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例。詳細はhttp://www.pref.hokkaido.lg.jp/ns/shs/shokuan/gm-jourei.htm を参照。