mikami lab.@北海道大学 科学技術コミュニケーション研究室

北海道大学で科学技術コミュニケーション・科学技術社会論を担当している三上直之のサイトです

気候市民会議さっぽろ2020

このサイトでも何度か紹介してきた,気候変動対策に関する無作為抽出(くじ引き)型の市民会議ですが,国立環境研究所や大阪大学と一緒に行っている科研費による共同研究の一環として,ローカル版の会議を試行することになりました。札幌市と提携して,札幌市民30人に集まっていただき,2020年11月〜12月にオンラインで行います。

下記のサイトで情報発信していきます。ぜひご注目ください。

citizensassembly.jp

ソクラテスの寝椅子のようなものに出会ったなら

もう2カ月前の話ですが,新型コロナウイルス感染症の影響で中止となってしまった学位記授与式の日に,自分の所とその近所の研究室の修了生数人のために,風通しの良い部屋で即席の学位記授与式を開きました。ごく短時間の式でしたが,式辞があった方がそれらしい雰囲気が出ていいのではということで,次のようなことをお話ししました。

卒業式の式辞を述べるなどということは,私の人生では,後にも先にもこれしかないと思いますので,記念としてここに書き留めておきます。

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はなむけのことば

 

北海道大学大学院の修士課程をみごとに修了され,それぞれの分野の修士の学位を手にされた皆さん,このたびは誠におめでとうございます。ほんの数ヶ月前,皆さんが修士論文の最後の仕上げに打ち込んでいた時には想像もできなかった,世界的な危機の中に,今,私たちはいます。こうした中で,皆さんの門出をお祝いする学位記授与式が,大変残念なことに中止となってしまいました。さまざまな困難を乗り越えて,修士課程を終えられた皆さんが,今日という日をどれだけ心待ちにしていたかを想像しますと,心中をお察しして余りあるものがあります。

式典は中止となりましたが,そのことによって,皆さんの大学院におけるこの数年間の努力と,その成果の価値はいささかも減じるものではありません。この思いは,ここにいらっしゃる指導教員の先生方や研究室のスタッフを始めとして,北海道大学の教職員一同に共通するものだと思っております。そのことを確認しつつ,改めて心からお祝いを申し上げたいと思います。本当におめでとうございます。

さて,新たな出発をされる皆さんに,一つのことばをお贈りしたいと思います。それは「職人になるな」というものです。このことばは今から19年前,自分自身が修士課程を修了した際に,学位記授与式の学長の式辞*1の中で聞いたものです。

ここで「職人になるな」というのは,現実にものづくりの仕事を担っている方々のお仕事を否定しようという話ではありません。学長の話には元ネタがありまして,古代ギリシアの哲学者,プラトンがその主著である『国家』の中で,ソクラテスが次のように語ったと伝えていることを受けた話でした。

ソクラテスはこの本の最後の方で,寝椅子を例に挙げて,何らかのものを取り上げると,三つの技術が問題になるはずだと言っています。すなわち,使うための技術,作るための技術,真似るための技術です。使うための技術がなぜ最初に挙げられているかというと,ソクラテスはこう説明しています。

「それぞれのものを使う人こそが,最もよくそのものに通じている人であり,そして自分の使うものが実際の使用にあたって,どのような善いところあるいは悪いところを示すかを,製作者に告げる人となる」

だから,使うための技術が最上位に来るのだ,と。ソクラテスは,笛を例にこうも言っています。

「たとえば,笛吹きは,笛作りの職人に笛のことについて,どの笛が実際に笛を吹くにあたって役に立つかを告げ,職人がどのような笛を作らなければならないかを命令するのであって,職人のほうはこれに仕えるわけなのだ」

同様に,真似るための技術をもった画家や詩人も,かれらが描く対象となる物の良し悪しに関する知識を,使う人ほどには持っていないと考えました。

ご存じのように,プラトンは,哲人である優れた統治者がいれば,あとはそれぞれの職人が自分の仕事に励めば国はうまく治まると考えていました。それは,ものを作る技術をもった職人が,それらを使う技術を持った統治者にひたすら仕えるという分業的な秩序が徹底している世界です。私が出席した学位記授与式は,21世紀が始まったちょうどその年に行われたわけですが,その席で学長は,そうした分業的秩序はとっくの昔に崩壊しているでしょう,と述べた上で,次のように私たちを挑発しました。

現代社会は,たやすくは解消しがたい矛盾や葛藤,雑音に満ちている。そうした社会を生きていく上では,物事の本質についてつきつめて考えずに,ひたすら仮の姿と戯れるような態度や,矛盾や葛藤,雑音,起伏といったものが取り除かれている状態を理想だと考えるような態度——こうしたものを学長は「職人」的な態度と呼んだわけですが——は,合理的でもなければ,聡明でもないはずだ,と。しかし,世の中を見渡してみるとどうだろうと,学長は続けて嘆くわけですが,政治家も,経営者も,マスコミも,そして,よそのことばかり言ってはいられず,学生も大学教授も,ことによってはこう話している学長自身も含めて,じつはそんな職人だらけになっているのではないか,そして君たちにはそんな職人にだけはなってほしくないと,そう私たちを挑発したのでした。

私自身が,「職人になるな」と要約して記憶してきた式辞が,探したところ,まだ大学のウェブサイトに残っていましたので,私が特に印象深く記憶していた最後の部分を,ご紹介します。

「研究者の道をめざすにせよ,的確に選択された職業につこうとしておられるにせよ,あらゆる情報が齟齬もきたさずに円滑に流通する状態を理想化し,それに貢献することを仕事とする職人だけにはなってほしくない。プラトンが伝えるソクラテスの寝椅子のようなものに出会ったなら,プラトンを想起しつつ,プラトンとは異なる視点をこれに向けていただきたい」

学長はこう言って,我々を鼓舞しました。

じつは私にとっては,「職人だけにはなってほしくない」というフレーズ以上に,「ソクラテスの寝椅子のようなものに出会ったなら,プラトンを想起しつつ,プラトンとは異なる視点をこれに向けてほしい」というフレーズが心に残っていました。「ソクラテスの寝椅子のようなものに出会ったなら」という部分です。

この19年間,研究や教育,その他,市民としての生活の場面で,何か新しい道具や技術,考え方に出会った時に,今,自分は「ソクラテスの寝椅子」に出会っているのかもしれない,だとしたら,それに対して「職人」的ではない,知的な視点をどのように向けることができるのか,ということを,折に触れて考えさせられてきた気がします。そして,「あらゆる情報が齟齬もきたさずに円滑に流通する状態を理想化し,それに貢献することを仕事とする職人だけにはなってほしくない」ということばは,現在のようないわゆる危機の時にあってこそ,貴重な指針となってくれているように思っています。

最初に「職人になるな」ということばを皆さんにお贈りします,と申し上げて以上の話を聞いていただいたのですが,私にとっての「職人になるな」や「ソクラテスの寝椅子のようなものに出会ったなら」ということばに相当するものを,おそらく皆さんも,数年間の大学院生活の中で先生方や先輩,友だちとの交流の中で受け取っているのではないかと思います。今一度,そうしたことばを噛み締めていただき,それらを,ご自分へのはなむけのことばとして大切にしていただきたいという願いをお伝えして,大変ささやかですが,私からのお祝いのことばといたします。

 

2020年3月25日

北海道大学大学院理学院自然史科学専攻

科学技術コミュニケーション研究室

三上直之

*1:2000年度東京大学大学院学位記授与式における蓮實重彦総長の告辞,東京大学広報委員会『学内広報』1212号(2001年4月11日発行),https://www.u-tokyo.ac.jp/content/400004682.pdf,pp.11-14

科研費 誓約書:ちょっとした疑問

昨年秋に科研費に提案していた基盤研究の計画が採択され、今年度からまた3年間、研究代表者として新たな科研費をお預かりすることが内定した。それで早速、交付申請の手続きをしている。

最近では、申請から審査結果の通知、採択後の交付申請などの手続きが、ほぼ全て専用のウェブサイト(科研費電子申請システム)上で完結するようになっている。今のようにテレワークを中心とせざるをえない状況の下では、非常に助かる仕組みである。

それはさておき、このサイトで交付申請の手続きを始める前に、研究不正や研究費の不適正な使用などをしてはいけません、などといった注意事項を読み、一つずつチェックボックスに印をつけるというステップがある。要はウェブ上で、ある種の誓約書に記入するという段取りがあるのだ。

そこに挙がっている誓約項目は、誰も異論がない、必ず守らなければならない話、あるいは研究者ならば理解しておかなければならない話ばかりである。例えば「研究活動の公正性の確保」(=研究の中身について、でっちあげや他人のアイデアを盗むなどのズルをしてはいけない)に関しては、次のような項目への誓約が求められる。

  • 研究不正は絶対にあってはならない。特に国費による研究への支援が増加している中で、研究の公正さは一層求められるようになっている
  • 研究不正は、研究者コミュニティ内の正常なコミュニケーションを妨げるだけでなく、科学そのものに対する背信行為である
  • 研究の公正さを確保する取り組みは、研究者や研究者コミュニティの自律的な取り組みとしてなされなければならない。若手研究者や学生にも、その趣旨できちんと教育することが重要
  • 文科大臣によるガイドラインでは、研究不正の中でも「捏造」「改ざん」「盗用」の3つが特定不正行為と定められている

以上とは別に、誓約書には「適正な研究費の使用」のセクションもあり、こちらでは研究費の使用に関するインチキをしてはダメという項目が挙がっている。

これらを合わせて、チェック(同意)すべき項目は14項目もあり、さらに研究テーマごとの交付申請書や支払請求書を作成する際に別途同意を求められる項目*1も合わせると、ざっと数えて20項目以上になる。

全ての項目に異論はないのだが、表現にやや疑問の残る部分があったので、忘れないうちに書き留めておきたい。

それは、研究の公正性を確保する責任が「研究者コミュニティ」や、「科学」の内部に閉じた形で、やや閉鎖的に捉えられているきらいがあるのではないか、ということである。例えば、研究成果の発表について次の表現があるのだが、これだと実態にそぐわないと感じる研究者も少なくないのでないか(以下、太字・下線は引用者)。

研究成果の発表とは、研究活動によって得られた成果を、客観的で検証可能なデータ・資料を提示しつつ、研究者コミュニティに向かって公開し、その内容について吟味・批判を受けることである。

 分野によるかもしれないが、研究者が研究成果を発表するのは、研究者コミュニティに向けてばかりではない。今さら「科学コミュニケーション」という言葉を持ち出すまでもないと思うが、さまざまな媒体や機会を通じて、ステークホルダーや一般のオーディエンス向けに研究成果を発表・共有することは、多くの研究者にとって日常的な活動の一部となっている。

しかも、研究者コミュニティを主な受け手と想定して発信する学術論文なども、学術情報の「オープン化」が進んでいる今日では、ほぼリアルタイムでコミュニティ外の人たちの目にも触れ、その「吟味・批判」にさらされるのが現実である。

誓約書の他の部分を探しても、研究成果の発表のこうした性格に、明確に触れた文言はなさそうだった。また次のような文言もあった。

不正行為の問題は、知の生産活動である研究活動における「知の品質管理」の問題として捉えることができる。公表した研究成果に不正行為が関わっていたことに気づいたら、直ちに研究者コミュニティに公表し、取り下げることが必要である。

 これも、その通りにしなければならないことに何の異論もないが、やはり説明責任の対象が研究者コミュニティに限定されていることに、狭さを感じた。上で述べたように、研究成果の共有対象が研究者コミュニティに限定されず、さまざまなステークホルダーに及ぶのだと考えれば、公正さに関する説明責任の宛て先も、同様に考えなければいけないだろう。

この誓約書の文言がどのように作られているのか、事情は全く知らない。科研費を使用する全研究者が守るべき内容を網羅した共通のひな形として、全員に適用して間違いのない文言にするのは、想像を絶する苦心を伴う作業なのだと思う。その結果として、個々の研究者としては、少なくとも研究者コミュニティとの関係で責任を果たさなければならない、という最低限の線を示す形での文言になっているという想像はできる。したがって、これに同意のチェックを入れること自体に全く異存はない。けれども、納税者や市民の立場から見たときには、少し内向きなトーンが強く出すぎているのではないかという違和感が残った。

*1:当初投稿した版では「申請時に誓約している項目(これらも今回のページに再掲されている)」と書きましたが、勘違いでしたので訂正しました。[2020年4月3日12:55]

名門ホテル総料理長が語る「技術よりも大事なもの」

環境社会学の調査でお世話になっている三重県志摩市のOさんから,ぜひ見てみてと勧めていただいた番組。

www.nhk.or.jp

主人公は,2016年の伊勢志摩サミットの会場ともなった,志摩観光ホテルの7代目総料理長,樋口宏江さんである。同ホテルにある,2つのフレンチと,鉄板焼き,和食,それにカフェ&バーという計5つのレストランを取り仕切っている。私とほぼ同年代で,高校生か中学生(だったと思う)の2人の男の子の母親でもある。

私はご本人にお会いしたことがなく,このホテルで食事したことも,残念ながらまだない。調査地について理解を深めるため,これは必見と考え,録画しておいた。後日,見始めると,調査云々以前に,樋口さんの言葉に共感するところが多々あって,途中何度も一時停止ボタンを押してメモを取りつつ見ることになった。

番組によれば,樋口さんは,深刻なアワビの不漁の中,アワビや伊勢エビに頼ったこれまでのメニューに限界を感じている。そこで,もっと地味だけれども,やはり地元でとれる作り手の思いがこもった他の食材を生かしたメニューを開発したいと考え,試行錯誤を繰り返している。

レストランが閉店した深夜,厨房で一人,新メニューを試作する姿は,授業などの校務が済んだ後で,おもむろに研究を始める研究者に通じるものがあるなと思った。こういう時間は,私にとっては至福のひとときであるが,同時に難しい課題を前に自分の力の足りなさと向き合わざるを得ない,しんどい時間でもある。

にわかには信じがたい話だが,樋口さんも,実力の限界を感じることがあるという。しかし,次のような話を聞いて,これは本当に壁にぶつかって もがいている人の言葉だと納得した。研究に関する自分自身の経験でも,これと同じようなことが言えると思ったからである。

これだけの力しかないとしても,やっぱりどれだけ一生懸命にやるかとか,それに対して真剣に向き合うかっていうことが大事だと思うんで,私は料理もそうですけれども,技術がなくても,どれだけ丁寧にどれだけ一生懸命やろうかっていう気持ちの方が大事で,思いって伝わると思うんですよ。

技術がなくても思いがあれば,というのは,一歩間違えると単なる精神論に陥る危うさがある。しかし,ここで言われているのはそういう話ではない。実際,樋口さんは「プロフェッショナルとは?」と問われて,次のように述べている(番組の最後に,エンディングテーマが流れる中,主人公がしゃべる例の部分)。

 (プロフェッショナルとは)覚悟をもってその道に進み,つねに挑戦しつづけること。その挑戦しつづけるものを具体的に形として表現できる力を持っている人のこと。 

形にできる力,技術は必要なのである。それでも技術が,力が及ばないことは往々にしてある。問われるのは,そこでどうするかである。技術の限界は,難しい課題に挑戦しようとするほど,多くの場合,避けがたくなるのだから,むしろその限界ある力の中でいかにベストを尽くすのかという姿勢の方が,技術の巧拙以上に,他の人に訴える力を持つということであろう。しかも,そういう姿勢を一瞬のポーズとしてではなく,プロの仕事としていかに保持できるかは,単なる精神論ではなく,すでに高度な修練を要する領域の話だと思う。

食材を求めて,自ら車を運転して地域を歩き回る姿も紹介されていた。夏のある日,人口減少によりみかん農家の経営が困難になっている隣町に向かい,熟する前の間引きされたみかんを仕入れてきた。その青々としたみかんを使ったソースを,松坂牛の薄切り肉に合わせた新しいメニューを編み出す。そして,ホテルのレストランで開いた賞味会(試食会)には,そのみかん農家を招待した。

(食材を)作っていただいている方の張り合いにもなると思うので,人と人とのつながりがきっちり作れるっていうことが大事かなと思います。

シェフの仕事を通じて,地域の中に人と人とのつながりを生み出していく。思いがけないテーマの登場であった。樋口さんは,こうも話していた。

(食材を)作られる方の思いをしっかり理解すること。最後にお客様のお口に入る状態にするのは私たち料理人なので,最終的には私たちがその思いを,すべての思いを乗せなければいけないと思います。自分の思いだけではないお皿。

本当に良いものは,地に足ついた営みの中からしか生まれない。それこそ,そんな「思い」が伝わってくる言葉である。

樋口さんは,毎日,ランチとディナーの間のわずかな空き時間に職場を抜け出し,自宅で夕食を作るようにしている。総料理長のできたての料理を毎日食べられるご家族は何と幸せだろうと思うが,ここにも,足元の食事をおろそかにしているようでは,名門ホテルのレストランで最高の料理を提供することなどおぼつかないという信念のようなものを感じた。

番組は終盤,アワビに頼らない新メニューとして,宝彩エビのクロケットの開発に没頭する樋口さんに密着していく。作ってみてはホテルの幹部の試食に供することを繰り返すものの,上品でおいしいけれど,アワビに代わるメインのメニューとしては弱い,という反応。それでも樋口さんは挑み続ける。

止まってはだめだと思います。歩き続ける,歩み続けなければ。止まってはだめだと。止まることはたぶん後ろに下がっていることだと思います。

やっぱり最初に何か今までのものを壊して新しくものを打ち出すときっていうのは,最初からみんなに「いいね」って言われるものってなかなか難しいと思うし,そういうものはたぶん残っていかないと思うんですね。お客様の記憶の中にいつまでも残るような,そういうお料理を作らないと。 

こうして迎えた番組のエンディングは,樋口さんの仕事の姿勢と共振するようなまとめ方で,好感が持てた。

こんなに「思いの乗った」言葉の数々を樋口さんから引き出すばかりでなく,疲弊した農村の現状や,地域におけるつながりの再生といった,今の地方の課題を番組の中に自然に取り込んでいる点でも,作り手の並々ならぬ「力」と「思い」を感じさせる番組であった。(NHK総合 2019年10月22日 22:30〜放送)

【参加者募集中】シンポジウム「脱炭素トランジションと市民参加・熟議 ―報告:脱炭素社会構築に向けた欧州の試み・気候市民会議の開催―」

フランスや英国を中心に欧州で広がっている気候市民会議の動向について報告するシンポジウムが、2月14日に東京で開かれます。非常勤の理事を務めている環境政策対話研究所の主催で、私も後半のパネルディスカッションの司会を担当します。

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英国議会主催の気候市民会議の様子(Climate Assembly UKウェブサイトから)

以下、主催者からの案内を転送します。参加ご希望の方は、下記の「申込み方法」にリンクの記載があるフォームからお申し込みください。

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シンポジウム「脱炭素トランジションと市民参加・熟議
―報告:脱炭素社会構築に向けた欧州の試み・気候市民会議の開催―」

フランスや英国などの欧州各国では、脱炭素トランジションに向けて市民参加・熟議の流れが強まっています。本シンポジウムでは、くじ引きで選ばれた市民による徹底討議など、革新的な取組を行う2カ国の現地調査結果を報告し、こうした果敢なトランジション動きをどう受け止めたら良いのか、参加者の皆様と共に考えます。

日時:2020年2月14日(金) 13:00〜17:30
会場衆議院第一議員会館 国際会議室(千代田区永田町2-2-1)
   東京メトロ「国会議事堂前」駅下車すぐ、「永田町」駅から徒歩5分、
   「溜池山王」駅から徒歩8分
参加無料・要事前申込み

申込み方法:下記URLからアクセスしてお申し込みください。お申込順の受付となりますので、誠に恐れ入りますが、定員に達し次第締め切りとさせていただきます。
https://forms.gle/kdN7AeuHbeNUZkCh9

[プログラム]
総合司会:長谷川雅世((一社)環境政策対話研究所 理事)
13:00-13:10 主催者挨拶
 柳下正治 ((一社)環境政策対話研究所 代表理事)
13:10-13:30 基調講演:脱炭素トランジションについて
 西岡秀三 ((公財)地球環境戦略研究機関 参与)
■第一部 事例報告
13:30-14:40 フランス事例報告……大統領主導の150名による気候市民会議の開催
 報告:中村博子 ((一社)環境政策対話研究所 客員研究員)
 問題提起: 石川雅紀 (神戸大学 名誉教授)
14:40-15:00 英国事例報告 ……議会主導の市民討議会の開催
 報告:松下和夫(京都大学 名誉教授)
■第二部 討論
15:15-15:50 講演「くじ引きによる民主主義」
 吉田徹 (北海道大学法学研究科/公共政策大学院 教授)
15:50-17:20 パネルディスカッション
 モデレーター :三上直之 (北海道大学高等教育推進機構 准教授)
 パネリスト  :報告者、講演者等
17:20-17:30 閉会挨拶  (公財)地球環境戦略研究機関

主催:(一社)環境政策対話研究所
共催:(公財)地球環境戦略研究機関
後援環境省(申請中)・在日仏大使館/アンスティチュ・フランセ⽇本

その他の詳細は下記のウェブサイト(環境政策対話研究所)をご覧ください。
http://inst-dep.com/info/2999233

問い合わせ・連絡先
(一社)環境政策対話研究所
新宿区大京町31-22 エクレール外苑西202
TEL: 03-6883-8865
E-mail: office@inst-dep.com

英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(3) 〜いよいよ会議場へ〜

英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(2) 〜主催者と専門家〜 からつづく

さて、いよいよ1月26日午前中に傍聴させてもらった際の会議の様子を報告しようと思うのだが、その前に、3月まで4回にわたる会議が、全体を通してどのような流れで進められる見通しなのかを、説明しておく必要があるだろう。

気候市民会議は初回であった先週末(1月24-26日)を含め、3月下旬まで断続的に計4回の週末をかけて行われる。

主催者である議会側としては、議論の進め方に関して、市民会議(の運営を担う専門家とInvolveなどのチームに対して)次の2点を求めている、という。

  • 6つの特別委員会にとって、議論を通じて導かれる提言のいずれが自分たちの役割に関係するのかがはっきりするよう、テーマ別の議論方法(thematic approach)で話し合いを進めてほしい
  • 実質排出ゼロへの道筋の中でも、参加者が自分自身に引きつけて考えやすい側面に焦点を当ててほしい

専門家 Expert leads や Involve など、運営側の説明によると、参加者に対しては、2050年までに実質排出ゼロを実現するために何をすべきか(what should be done)、またそれはどのようになされるべきか(how it should be done)について、結論を出すことを求める方向で議論を進めていくという。

そのために、4回の週末全体を通して、①参加者が気候変動問題について情報提供者である専門家らとの対話を通じて理解を含める学習(learning)、②次にそれをもとに参加者の中で話し合う討議(deliberation)、③そして最後に会議全体としての意思決定(decision)、という3つの段階で議論を進めていくことになる、とされている(これ自体は、一般の人びとを集めて行う市民会議の構成としては非常にオーソドックスなものである)。

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傍聴者向けのブリーフィング。注意事項の説明だけでなく、会議の趣旨や進行方法にもわたる実質的なものであった。質疑にも運営スタッフが丁寧に答えていた

以上を踏まえて、傍聴者へのブリーフィングで説明された、4回の大まかな進行の見通しは、ざっくり訳すと次のようなものであった。 

第1回(1月24日〜26日)気候変動と倫理的・戦略的論点に関する学習

  • 気候変動と実質排出ゼロ目標についての主要な背景情報
  • 実質排出ゼロへの道筋全体に関わる倫理的・戦略的な論点についての検討
  • 今後の市民会議の議論を支える基本方針(a set of principles to underpin Assembly’s discussions in later weekends)の起草とその優先順位づけ

第2回(2月7日〜9日)エネルギーの供給および需要側の諸課題に関する学習

  • 市民会議全体が、次の3グループに分かれて進める
  1. 移動のあり方(陸上交通、航空輸送を含めた個人の交通機関の利用)
  2. 家庭における熱とエネルギー利用
  3. 購買・消費、食・農業、土地利用

第3回(2月28日〜3月1日)需要側の諸課題に関する討議

  • 第2回で取り上げられた論点に関する討議と意思決定

第4回(3月20日〜22日)エネルギー供給とネガティブエミッションに関する討議とふりかえり

  • エネルギー供給とネガティブエミッションをめぐる諸課題についての詳しい討議と意思決定
  • 会議のふりかえりとまとめなど 

 このうち、今回傍聴したのは第1回の後半部分にあたる1月26日のセッションの一部である。4人の専門家のうち、Chris Stark氏とRebecca Willis氏が登壇し、それぞれ15分程度の短いレクチャーを行った後で、参加者からの質問に答えるというもので、実質的には1時間半程度であった。

会議全体の日程案では、1月24日(金)〜26日(日)が第1回目の週末ということになっており、その後も、各回(週末)ごとに3日間という書き方になっている。しかし実際には、少なくとも今回の週末を見るかぎり、金曜日にセッションは設定されていない。土曜日朝から議論を始められるよう、参加者は前日までに会場入りしておく必要がある関係で、金曜日も会議日程に含まれているということらしい。また日曜日は終了後に、参加者はそれぞれ帰途につくことになるから、実質的な会議日程はお昼までには終わる(少なくとも今回はそうだった)。つまり実質的な会議日程は、土曜日朝から日曜日昼までの1日半であり、金土日の3日間という書き方は、行き帰りの移動まで含めたスケジュールというニュアンスのようである。

 

この日程の中で、今回私は26日(日)の午前中のセッションを傍聴させていただいた。

会場は、イングランドの中西部に位置する英国第2の大都市、バーミンガム市。市の中心部にあるホテルの最上階のホールを貸し切って行われた。

私は前日夕方、ロンドン経由で現地入りし、近くに宿泊していた。事前に事務局からメールでの指示があったとおり、集合時間である9時に十分間に合うよう、徒歩で会場に向かった。スペースの都合などもあり、一般から広く傍聴者を受け入れるスタイルをとっていないことはわかっていたが、一体何人ぐらいが一緒に傍聴するのかはわからない。受付を済ませてロビーで待っていると、傍聴者が三々五々集まってきて、最終的には女性11人、男性4人、計15人になった。

この日、参加者は9時に集まり、ガイダンスなどの後、今後の市民会議の議論を支える基本方針について議論を行っていたようである。ただこの部分は、小グループごとのテーブルディスカッションが中心になり、見学には適さないと判断されたためか、この部分は傍聴の対象には含まれていなかった。代わりに、集合した我々傍聴者はフロント近くの別室に通され、運営側からのブリーフィングを受けた。ウェブサイトで公開されている情報が中心であったが、気候市民会議の概要について改めて説明を受け、質疑応答が約30分にわたって行われた。 

このブリーフィングの冒頭、15人の傍聴者が簡単に自己紹介したのだが、その顔ぶれがなかなかに興味深かった。早口のイギリス英語?で話す人が多く、すべては聞き取れなかったけれども、市民参加の実践家や、私のような研究者の他にも、気候変動の問題で一昨年から座り込みなどの行動を展開して注目されている「エクスティンクション・リベリオン(XR)」のメンバーという人も2人来ていた。XRが、2025年(!)排出ゼロの実現と並んで、気候市民会議の実施を主張の一つとして掲げてきたことはよく知られているが、2人はXRの中の気候市民会議に関するワーキンググループのメンバーだと話していた。

また政府の関連する省の職員や、それから下院議員もひとり来ていた。この議員さんは、マンチェスターのある選挙区選出の労働党の女性議員で、後で立ち話したところ、今回の参加者の中に自分の選挙区から選ばれた人がひとり含まれている関係で、運営事務局から誘われて傍聴に来たのだという。気候政策や環境政策が特に専門というわけではないけれども、議会がこのような熟議民主主義の方法を今後いかに生かしていくことができるのかを考えたい、という問題意識で傍聴に来られたとのことであった。

ブリーフィングが済むと、10時すぎにエレベーターでホテルの15階にある宴会場に案内された。会場には14個の丸テーブルが置かれ、各テーブルに7〜8人の参加者が着席し、青いTシャツを着たテーブルファシリテーター(単にfacilitator(s)と呼ばれていた)が付いている。テーブルは結構密集している感じで、参加者席のレイアウトだけみると、100人規模の披露宴をイメージしていただけば良い。

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気候市民会議の会場の様子(Climate Assembly UKウェブサイトから)

各テーブルにはフリップチャートが1台ずつ置かれていて、すでに前日から専門家の話を聞いたり、今後の議論の基本方針を話し合ったりした過程がびっしりメモされていた。ポストイット(付箋紙)も飛び交っている。ひと部屋に約100人が入り、7〜8人のグループに分かれるという構成は、世界市民会議(World Wide Views)と全く同じであり、会場のビジュアル的には過去の世界市民会議の(日本を含む)各国の会場の雰囲気とそっくりであった。

参加者は9:30頃からテーブルごとに議論を始めていた。正面のスクリーンには、"The UK’s path to net zero by 2050 should be underpinned by the princicles of …[X, Y, Z]."のお題が大きく表示されているから、おそらく上述した今後の議論の基本方針(principles)について話し合っているのであろう。

我々傍聴者の席は、このやや縦長の宴会場の最後部に設けられていた。参加者のテーブルからは少し離れており、テーブルでの議論の内容を聞き取ることはできない位置である。

席に着いて、専門家とのセッションが始まるのを待っていると、4月からの私の在外研究を受け入れてくれるStephen Elstub(ニューカッスル大学)が現れた。昨年9月に研究の準備のためニューカッスルに2週間滞在したとき以来、約4か月ぶりの再会である。Stephenは今回、この気候市民会議の公式の評価者を務めている関係で、初日から傍聴していた。

雑談していると、間もなく全体司会(このセッションはInvolve代表のTim Hughes氏)の進行で、専門家とのセッションが始まった。

……と、本題に入る前に、思いのほか話が長くなってしまった。続きは改めて。ちなみに、第1回の会議の動画はもうすべてウェブサイトに上がっている(何という手際のよさ!)、ということを書こうと思って、今、念のためウェブサイトを確認したところ、その後さらに動画どころか、専門家やその他講演者のレクチャーの内容が、書き起こされて掲載されているではないか。

www.climateassembly.uk

もうあとはこのページを見ていただけば十分で、私が何か紹介する必要もないという状態になってしまったわけだが、自分自身の復習も兼ねて、次はこのサイトを見つつ専門家とのセッションの様子を簡単に報告したい。

英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(2) 〜主催者と専門家〜

英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(1) 〜参加者の選出方法〜 からつづく

次に、参加者が議論をする上で必要な知識や情報を提供する専門家、利害関係者についてである。これについても、ある意味でオーソドックスながら、しかしよく練られた構成になっている印象を受けた。 

その話をする前に、改めて主催者について少し詳しく述べておきたい。今回の気候市民会議の主催者は、英国議会下院の気候変動に関連する6つのSelect Committeesである。Select Committeeというのは「英国政府の活動について精査する超党派の国会議員の集団」(傍聴者向けの説明資料から)とのことなので、日本の国会で言うと「特別委員会」にあたるようなものだと思う。

具体的には、次の各特別委員会である。

  • Business, Energy and Industrial Strategy(経済エネルギー産業戦略)
  • Environmental Audit(環境監査)
  • Housing, Communities and Local Government(住宅とコミュニティ、地方政府)
  • Science and Technology(科学技術)
  • Transport(交通)
  • Treasury(財政)

議会サイドでは、下院事務局と議会科学技術局(Parliamentary Office of Science and Technology=POST)が運営を担当している。

この主催者の委託を受けて会議の実質的な運営を担当しているのが、市民参加プロセスの支援を専門的に手がけているInvolveという非営利団体と、気候変動やエネルギーに関する4人のExpert Leadsである。

www.involve.org.uk

このExpert Leadsというのをどう訳したらいいのか、うまい日本語が思いつかないけれど、ひとまず単に専門家と呼ぶことにしよう。

  • Chris Stark, Chief Executive of the Committee of Climate Change
  • Jim Watson, Professor of Energy Policy, University College London and Director of the UK Energy Research Centre
  • Lorraine Whitmarsh, Professor of Environmental Psychology, University of Cardiff, and Director of the UK Centre for Climate Change and Social Transformations
  • Rebecca Willis, Professor in Practice, University of Lancaster

専門家の役割は、議会からの任命を受けて(1)気候市民会議に提供される情報の公平性、正確性、包括性を保証すること、(2)気候市民会議の議論が2050年に実質排出ゼロを達成するための主要な意思決定に照準することを担保することの2点である。要するに、プロセスデザインやファシリテーションの専門家と、コンテンツの専門家(Expert Leads)が共同で運営する格好になっているのである。

ここで重要なのは、専門家は単に情報提供者という立ち位置ではなく、会議運営の質の担保に、プロセスの専門家とともに責任を持つという立場だということである。1月26日に傍聴させてもらったセッションは、Chris Stark氏とRebecca Willis氏の2人がレクチャーをし、参加者の質問に答えるという内容だったが、セッションが終わった後、2人は我々傍聴者の前に現れて、気候市民会議の企画運営に関するさまざまな質問に自ら答えていた。

この点、ウェブサイトに書かれているもう少し踏み込んだ実態を紹介すると、Involveは、下院が受託業者を選ぶための公募に応募するのに先立って、2019年春にこれらの専門家たちと契約を結んでいたとのことである。つまりInvolveは、4名のExpert Leadsが運営の一翼を担うという構造と、そのメンバー構成も含めて企画提案をして、コンペを勝ち抜いたという経緯らしい。

余談だが、この構造をみて私が思い出したのは、自分が代表を務める研究グループで、昨年3月に市民陪審の手法を使って「脱炭素社会への転換と生活の質に関する市民パネル」を試行した際、研究プロジェクトのメンバーでもある江守正多さん(国立環境研究所)に「主たる参考人」を務めていただいた経験であった。あのとき江守さんに担っていただいたのは、文字通り自らが主な情報提供者を務めるとともに、他の参考人の人選も行い、会議に導入される知識・情報のキュレーションを全体的に統括する役割であった。Expert LeadsのLeadの語感は、我々が「主たる参考人」の「主たる」に込めた感じに近いかもしれない、と思った。

さて、この4人の専門家を支援する役割として、関連分野の利害関係者からなる助言パネル(Advisory panel)と、大学教授などからなる学術パネル(Academic panel)が置かれている。

前者の助言パネルは、4人の専門家が上述した(1)および(2)の役割を果たすのを助けるため、産業界や労働団体NGOなどから選ばれた19人である。情報提供者の人選とか、かれらがカバーすべき話題の範囲だとか、参加者が議論すべき論点など、会議設計の鍵になるポイントについて、専門家に対して意見を述べる。ウェブサイトによると、これまでのところ、2019年11月と12月に1度ずつ会合を開いたという。

後者の学術パネルは、今回の議題に関連する分野の大学教授など12名からなり、こちらは参加者に提供される情報資料の公平性、正確性、包括性を保証する(という役割を4人の専門家が果たすことができる)ために、資料の査読を行う。この中には、この数年、大学院の科学技術社会論の授業で教科書として使っている、Remaking Participationという本の編者でもある、University of East AngliaのJason Chilvers教授の名前もあった。

Remaking Participation: Science, Environment and Emergent Publics (English Edition)

Remaking Participation: Science, Environment and Emergent Publics (English Edition)

  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: Routledge
  • 発売日: 2015/11/02
  • メディア: Kindle
 

 今回のように社会的な利害が鋭く対立するテーマでは、アカデミックな意味での専門家と、利害関係者との間に明確な線を引くことは難しい。学者にもそれぞれ立場や意見があって、完全に中立的でバランスのとれた専門家など存在しないし、他方で利害関係者の中にも、テーマについて高度な知識や技術を有している専門家が揃っていることが多い。そのため、この種の会議のプロセス設計にあたっては、専門家・利害関係者をひとまとめにする考え方がとられることも珍しくない。

しかし今回の設計では、あえて両者を分けることで、情報資料の公平性や正確性、包括性の担保という、どちらかと言えば学術的な観点から行える次元の作業と、よりセンシティブに利害が関わる次元の調整とを切り分けることが可能になっているようにも思える。私自身は、この12人と19人の人選自体については、それが現在の英国においてどれぐらいの妥当性を有するものなのかを判断する情報や知識を十分に持ち合わせていないが、比較的少数の専門家のもとに、助言パネルと学術パネルを置くというやり方は、よく考えられた構成のように思われる。このあたりについては、また機会を見つけて、設計の意図や、その効果などを、より詳しく聞いてみたい気がする。

専門家、利害関係者の話はひとまずこれぐらいにして、次は今回実際に傍聴させてもらったセッションの様子を報告したい。

英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(3) 〜いよいよ会議場へ〜 へつづく