mikami lab.@名古屋大学 大学院環境学研究科 環境政策論講座

名古屋大学大学院環境学研究科 環境政策論講座の三上直之のサイトです。2023年10月に北海道大学から現所属に異動しました。

科研費 誓約書:ちょっとした疑問

昨年秋に科研費に提案していた基盤研究の計画が採択され、今年度からまた3年間、研究代表者として新たな科研費をお預かりすることが内定した。それで早速、交付申請の手続きをしている。

最近では、申請から審査結果の通知、採択後の交付申請などの手続きが、ほぼ全て専用のウェブサイト(科研費電子申請システム)上で完結するようになっている。今のようにテレワークを中心とせざるをえない状況の下では、非常に助かる仕組みである。

それはさておき、このサイトで交付申請の手続きを始める前に、研究不正や研究費の不適正な使用などをしてはいけません、などといった注意事項を読み、一つずつチェックボックスに印をつけるというステップがある。要はウェブ上で、ある種の誓約書に記入するという段取りがあるのだ。

そこに挙がっている誓約項目は、誰も異論がない、必ず守らなければならない話、あるいは研究者ならば理解しておかなければならない話ばかりである。例えば「研究活動の公正性の確保」(=研究の中身について、でっちあげや他人のアイデアを盗むなどのズルをしてはいけない)に関しては、次のような項目への誓約が求められる。

  • 研究不正は絶対にあってはならない。特に国費による研究への支援が増加している中で、研究の公正さは一層求められるようになっている
  • 研究不正は、研究者コミュニティ内の正常なコミュニケーションを妨げるだけでなく、科学そのものに対する背信行為である
  • 研究の公正さを確保する取り組みは、研究者や研究者コミュニティの自律的な取り組みとしてなされなければならない。若手研究者や学生にも、その趣旨できちんと教育することが重要
  • 文科大臣によるガイドラインでは、研究不正の中でも「捏造」「改ざん」「盗用」の3つが特定不正行為と定められている

以上とは別に、誓約書には「適正な研究費の使用」のセクションもあり、こちらでは研究費の使用に関するインチキをしてはダメという項目が挙がっている。

これらを合わせて、チェック(同意)すべき項目は14項目もあり、さらに研究テーマごとの交付申請書や支払請求書を作成する際に別途同意を求められる項目*1も合わせると、ざっと数えて20項目以上になる。

全ての項目に異論はないのだが、表現にやや疑問の残る部分があったので、忘れないうちに書き留めておきたい。

それは、研究の公正性を確保する責任が「研究者コミュニティ」や、「科学」の内部に閉じた形で、やや閉鎖的に捉えられているきらいがあるのではないか、ということである。例えば、研究成果の発表について次の表現があるのだが、これだと実態にそぐわないと感じる研究者も少なくないのでないか(以下、太字・下線は引用者)。

研究成果の発表とは、研究活動によって得られた成果を、客観的で検証可能なデータ・資料を提示しつつ、研究者コミュニティに向かって公開し、その内容について吟味・批判を受けることである。

 分野によるかもしれないが、研究者が研究成果を発表するのは、研究者コミュニティに向けてばかりではない。今さら「科学コミュニケーション」という言葉を持ち出すまでもないと思うが、さまざまな媒体や機会を通じて、ステークホルダーや一般のオーディエンス向けに研究成果を発表・共有することは、多くの研究者にとって日常的な活動の一部となっている。

しかも、研究者コミュニティを主な受け手と想定して発信する学術論文なども、学術情報の「オープン化」が進んでいる今日では、ほぼリアルタイムでコミュニティ外の人たちの目にも触れ、その「吟味・批判」にさらされるのが現実である。

誓約書の他の部分を探しても、研究成果の発表のこうした性格に、明確に触れた文言はなさそうだった。また次のような文言もあった。

不正行為の問題は、知の生産活動である研究活動における「知の品質管理」の問題として捉えることができる。公表した研究成果に不正行為が関わっていたことに気づいたら、直ちに研究者コミュニティに公表し、取り下げることが必要である。

 これも、その通りにしなければならないことに何の異論もないが、やはり説明責任の対象が研究者コミュニティに限定されていることに、狭さを感じた。上で述べたように、研究成果の共有対象が研究者コミュニティに限定されず、さまざまなステークホルダーに及ぶのだと考えれば、公正さに関する説明責任の宛て先も、同様に考えなければいけないだろう。

この誓約書の文言がどのように作られているのか、事情は全く知らない。科研費を使用する全研究者が守るべき内容を網羅した共通のひな形として、全員に適用して間違いのない文言にするのは、想像を絶する苦心を伴う作業なのだと思う。その結果として、個々の研究者としては、少なくとも研究者コミュニティとの関係で責任を果たさなければならない、という最低限の線を示す形での文言になっているという想像はできる。したがって、これに同意のチェックを入れること自体に全く異存はない。けれども、納税者や市民の立場から見たときには、少し内向きなトーンが強く出すぎているのではないかという違和感が残った。

*1:当初投稿した版では「申請時に誓約している項目(これらも今回のページに再掲されている)」と書きましたが、勘違いでしたので訂正しました。[2020年4月3日12:55]