mikami lab.@北海道大学 科学技術コミュニケーション研究室

北海道大学で科学技術コミュニケーション・科学技術社会論を担当している三上直之のサイトです。2022年5月下旬から1年間、英国ニューカッスル大学に客員研究員として滞在しています

【NC日記】第9週:2022年7月25日〜31日

7月25日(月)

朝7時に研究室へ。8時(日本時間16時)からのオンラインセミナー「欧州の気候市民会議の最新動向と日本の学び」(主催:環境政策対話研究所、共催:地球環境戦略研究機関)に向けてスタンバイ。セミナーでは「気候民主主義とは何か? 欧州におけるその展開」と題して15分の講演をした。私、甲斐沼さん、森さんの講演の後、3人のコメンテーターからのコメントがあり、その後、柳下さんの進行でディスカッション。参加者は時間帯によって増減があったが、150人ぐらいの参加があったようで、質疑応答も非常に活発だった。気候市民会議に対する関心が続いていることを感じた。

当日の資料や録画は以下のリンク(環境政策対話研究所ウェブサイト)から。

https://inst-dep.com/info/2022-08

7月26日(火)

今朝も6時半に研究室に。朝7時から、研究プロジェクトのミーティング、大学院の講義(前回に続き同時配信。今日が最終回)、大学院ゼミと、ほぼ3連続でオンライン。13時に終了。こんな日は、終わった時にはくたくたになってしまい、ほとんど何もする気力が残っていないことが多い。とりあえず昼食を食べて、研究室に戻ってきてから気を取り直して科研費の申請のことを考える。2017年以来、進めてきたミニ・パブリックス、気候市民会議についての一連の共同研究を発展させるために、どんなメンバーで何をすべきか、どんな性格の共同研究にすべきかという大枠を考える作業。色々とメモは出来上がっていくが、まだ骨子はまとまらず。

前日、前々日と朝早くからオンラインでの対応が続いたので、今日は早めに(と言っても18時前頃だが)に切り上げる。一昨日作ったカレーが残っているので、晩ご飯はそれで手早く済ませ、19:00頃から散歩に出かける。この夏の日の長さを生かさないともったいないという気分が日に日に強まり、ともかく今日は気分転換も兼ねて外に行こうと考えた。このところずっと天気が良く、夏至から1カ月経ったとはいっても、午後7時はまだ明るい。

宿舎前の幹線道路の下をくぐって北の方に進み、公園の中をしばらく歩くと、タウン・ムーア(Town Moor)という共有地に出る。400haもあるというだだっ広い土地。牛などが放牧されていたり、スポーツイベントなどにも使われたりすることもあるらしい。同じようなMoorが、もっとキャンパスに近いものも合わせて、この周りに他にもいくつかある。

タウン・ムーア(Town Moor)

タウン・ムーアの入り口にある看板。3月〜11月には家畜が放牧されると書かれている

上の写真の "Freemen" がよくわからないのだが、Freemen(フリーメン)とはイギリス近世の都市を構成する主要な構成員として、さまざまな経済的・政治的・福祉的特権を与えられたエリートであった、らしい*1。近代以降、実質的な特権が廃止された後も制度は残り続け、ニューカッスルにもいまだにFreemenの称号があるらしい。市のウェブサイトには "Hereditary Freemen" についての説明があり、「世襲制フリーマンの子は、20歳になると、市長から(世襲制フリーマンの)宣誓就任をする資格を与えられる」とのこと。

このフリーメンもそうだが、ほぼ毎日初めて聞く単語や表現に出くわす。散歩の途中で家庭菜園も見かけたのだけれど、イギリス英語ではallotmentという言い方をするらしい。これも初めて知った。地図でallotmentと書かれていたのを見た時は、何か区画に分けられている土地だろうという想像はできたけれど、家庭菜園だとはわからなかった。

散歩の途中で見つけたAllotments(家庭菜園)

7月27日(水)

朝、定例のミーティングの後、昨日に続いて脱炭素化技術ELSIプロジェクトのミーティング。今年度行うテクノロジーアセスメントの第2ラウンドで取り上げるテーマについて、大まかな方針が固まった。その後は、午後に予定しているスティーブンとの打ち合わせの準備、そして15:00から打ち合わせ。翌週からスティーブンが2週間ほど夏休みに入るということで、当面の研究の進め方について相談した。一旦宿舎に帰って家事などを済ませてから、大学の前のパブでスティーブンと待ち合わせ、街中のインド料理店で一緒に夕食。

7月28日(木)

全学公開講座「コロナ時代の新常識」の最終回、ナッジ政策に関する橋本努先生の講演。質疑応答の進行を担当するためオンラインで参加した。

研究室から参加すべく、いつも通りノートパソコンをWifiで接続して準備をするのだが、回線がかなり遅いことに気づく。今までも何となく感じてはいたが、有線でネットワークにつながっている大学のデスクトップのパソコンで回線速度を測ってみると、こちらは桁違いに速いことがわかった。諸々の作業には、自分のノートの方が便利なのでそちらを使っているのだが、オンライン会議の時には有線でつながっているパソコンを使う方がいいのかもしれない。というわけで、本番1時間前に、大急ぎで大学近くのショッピングセンターに駆け込んで、デスクトップで使用できるウェブカメラを購入。10:30(日本時間18:30)からの本番に間に合った。開始前にそんなハプニングもあったが、公開講座自体は、橋本先生の興味深いお話と、活発な質疑応答で、無事に終了した。

7月29日(金)

今日は早朝に仕事を済ませ、午前中から日帰りで小旅行へ。ローマ帝国五賢帝の一人、ハドリアヌス帝(在位AD117-138)が、北方の警備のために造らせた「ハドリアヌスの長城」の遺跡がニューカッスルの近くにある(世界遺産である)。これは一度、見に行きたいと思っていた。

長城自体は、東は現在のニューカッスルのあたりから、西はアイリッシュ海沿いの現在のカーライルまで117キロにわたっていた。約6-7キロの間隔で、500-1000人の兵士が詰める要塞も設けられていた。風雨による損傷や、建材などとして持ち去られたりで、往時の姿はとどめていないが、壁の遺構は今でも所々にあり、いくつかの要塞は発掘がなされて遺跡が見学できるようになっている。

いつもの中央駅から、タイン川に沿って山の中を走る列車で西へ向かう。1時間ほどでHaltwhistle駅まで行き、ここからバスで、まずはRoman Army Museumへ。じつは大学博物館にもハドリアヌスの長城に関する展示があり、前日の昼休みに行って、少し予習していたのだが、こちらはハドリアヌスの長城やローマ軍のことに特化した博物館であり、さらにわかりやすい。軍の組織や、長城の構造、兵士の仕事や生活などがとてもよくわかった。ハドリアヌス帝についての展示は、辺境のブリテン島を含めて、帝国の各地を視察して回った「旅する皇帝」だったこと、複雑な性格の持ち主だったことなど、本などで読んだことのある話が中心だったが、要点が整理されていて参考になった。

Roman Army Museum

博物館見学の後、昼過ぎの路線バスに乗って、主要な遺跡の一つであるHousesteads Roman Fortに行こうとしたのだが、どうやらダイヤが変更になっているらしく、14:00頃まで博物館で足止め。あわててもしょうがないので、カフェでのんびり。ようやく来たバスに乗って、Housesteads Roman Fortへ。

要塞の遺跡(Housesteads Roman Fort)

全体では数百メートル四方のサイズがある要塞が発掘され、その中にあった、本部棟や兵舎、倉庫、病院、門などの建築物の遺構が、こんなふうに見学できる。

要塞からは、下の写真のように壁が伸びている。今はこんな姿であるが、完成時は4-5メートルの高さがあったとのことだから、当時はもっとそびえ立つような感じのものがここに建っていたことになる。

ハドリアヌスの長城(Hadrian's Wall)

要塞の西側には、一部、壁の上を歩けるようになっているところがあるので、行って壁の上を歩いてみた。

一部、長城の上を歩くことができるようになっている(写真の右側)

数百メートルぐらい進むと「遺跡保存のため立ち入り禁止」との標識が現れる。その先も、見渡す限りの荒野(moor)に長城が続いていくという景色。

この先、立ち入り禁止(壁の上でなければ問題ない様子だが)

帰りのバスの時間も気になるので、ここで記念撮影をして引き返す。立ち入り禁止の札のすぐ隣りには、フットパスの入り口があり、壁の上でなければ入っても問題ないようだった。

フットパスの入り口

このHousesteadsに限らず、ハドリアヌスの長城に沿って長いフットパス(自然歩道)が整備されていて、ハイキングを楽しむ人の姿も多くみられた。遺跡やフットパスの維持管理などはNational TrustやEnglish Heritageといった保護団体によって担われているようである。行く先々に、これらの団体の看板やパンフレットが置かれていて、各団体のユニフォームを着た案内スタッフがいた。自然に親しみつつ、歴史遺産にも触れるという組み合わせがイギリスらしい。

Housesteads Roman Fortの案内図。右下にEnglish HeritageとNational Trustのロゴマークが入っている

駐車場から要塞の遺跡に向かうフットパス(2点とも)

要塞の門をモチーフにした、アート作品(期間限定)

Housestaeds遺跡の中には、期間限定でこんなアート作品も展示されていた。要塞の東西南北にあった門をモチーフとした作品で、中は展望台にもなっている。2世紀に造られた要塞は軍事施設だったのだけれど、今もし、門を作るとしたらどんな意味を込めたいかが表現されているように思った(それを表現したキーワードが表面に散りばめられている)。やや場違いな感じもしたけれど、伝わってくるものはあった。

バスの時刻表変更によってRoman Army Museumで2時間ロスした影響で、今日もう1カ所訪れようと思っていたChesters Roman Fort & Museumに寄る時間はなくなってしまった。バスでChestersの前を素通りして、Hexham駅へ。

Hexhamからニューカッスルは行きにも通ったルートを引き返す列車の旅。タイン川沿いの夏の景色が美しい。

夕方、ニューカッスル中央駅に着いてから、やっておきたいことがあった。手元の『地球の歩き方』に、ニューカッスルの中心部にも「ハドリアヌスの城壁の一部」が残っているとの情報があったので、訪れておこうと思ったのである。

駅のすぐ裏手に「それ」はあった。

ハドリアヌスの城壁の一部?

行ってみてわかったのは、これはハドリアヌスの長城ではなく、中世になってこの町がニューカッスルと呼ばれるようになってから造られた城壁である、ということだった。1960年代に修復作業がなされて、このように保存されているのだという。同じような城壁が、ここから歩いて10分ほどの中華街の隣にも残っている。

旅行ガイドブックは情報をコンパクトにまとめてくれていて本当に助かるが、時にこうした間違いもある。今回は、情報が間違っていたからといって損害があったわけでもなく、その範囲では、こんな発見も旅の楽しみのうちかもしれない。

ニューカッスルハドリアヌスの長城の東の終点だった、という話自体は間違いではない(大学博物館のジオラマでも、Roman Army Museumのパネルでもそう説明されていた)。その東端は、市の中心部からメトロで10分ほどタイン川沿いにさらに東に、つまりは海の方へ行ったところ。その名もWallsendという駅の近くにあり、ここは遺跡になっている(Segedunum Roman Fort & Museum)。

ハドリアヌスの長城はそのWallsendで終わるのだが、そのさらに先、タイン川が北海に注ぐSouth Sheildsの町にもArbeiaというローマの要塞があった。ここもHousesteadsと同様に発掘されて見学できるようになっている。しかも要塞の門が一つ、復元されているという。WallsendとSouth Shieldsは明日の昼前から時間がありそうなので、行ってみることにしよう。

ちなみに、下の写真はニューカッスルの中央駅のホームにあった掲示。このところ鉄道職員のストライキが時々あって、今週も水曜日に一度あり、明日土曜日にも予定されている。もともとこの週末は1泊で出かけることも考えていたのだが、日帰り旅行に切り替えたのだった。

鉄道職員のストライキに関する駅の掲示

7月30日(土)

朝、OECDレポートの翻訳プロジェクトのオンラインミーティングに参加した後、昼前からローマ帝国の遺跡めぐり2日目に出かける。メトロに乗って黄色い線の終点のSouth Shieldsへ。駅から15分ほど歩いた海の近くに、ローマの要塞跡がある。昨日見学したHousesteadsは復元されてはいなかったのだが、ここでは門の一つと、一部の建物が復元されている。

要塞の構造や、そこにいた軍隊の組織などは同じであり、違う場所で同じものを改めて見学をすることで、理解が深まった。

South Shieldsの要塞遺跡 Arbeia

このArbeia遺跡の発掘は19世紀から盛んに行われてきたとのこと。復元された門は本当に見事であった。塩野七生氏が『ローマ人の物語』の中で、ローマの遺跡の維持・管理は、イタリアにあるものも含めてすべてイギリス人に任せた方がいいと書いていたけれど、この2日間の見学を通じて、なんとなくその話もわかるような気がした。どこの遺跡・施設も派手さはないものの、丁寧に保存や復元、展示がなされていた。

伝統的にローマ学が盛んなのがイギリスである。しかも「防壁」は、彼らにとっては自国内にある重要なローマの遺跡だ。それでここも徹底して調査され、遺跡の保存にも配慮が行きとどき、そのうえ遺跡観光の客目当ての小ぎれいな旅宿も「防壁」ぞいにあるという具合で、初夏から初秋にかけての週末旅行には恰好の場所になっている。それでいて俗っぽさが目立たないのは、いかにもイギリスらしくて嬉しい。ローマ時代の遺跡の管理はイタリア内にあるものでもイギリス人にまかせるべきだとは私の持論だが、質でも量でもイタリアに断じて劣るのが、ブリタニアにあるローマ時代の遺跡や彫像である。大英博物館でさえも、例外ではない。それなのにローマ時代の遺物に向けられる英国人の細心の配慮は、ただ単に古代ローマへの愛か。それとも、古代のローマ人を継承したのは自分たち大英帝国の民だ、という気概の名残りか。(塩野 七生『賢帝の世紀──ローマ人の物語[電子版]IX』新潮社) 

Wallsendも見に行こうと思ったが、South Shielsでゆっくりしすぎて、時間が足りなくなってしまった。タイン川を渡るフェリーで対岸に行き、メトロに乗りWallsendは素通りして帰る。これは近所なので、また出直すことにしよう。

7月31日(日)

終日、宿舎で過ごす。朝、オンライン読書会に参加。アンドレイ・クルコフの『ウクライナ日記』。ユーロマイダンの運動に対する評価の難しさ、著者の微妙なスタンスなどが主な議論に。自分としては十分に読み込めていなかったところでもあり、参考になった。日記だということもあって、随所に現れる食に関する描写について注目した話もあり、これも面白かった。

私が話題にしたのは「ロシア語で書くウクライナの作家」である多言語作家としての作者のスタンス。運動に対して完全に同一化しない一方で、多文化主義や自由、基本的人権の尊重、暴力への批判などが一貫しており、その点に共感しながら読むことができたと思う。以前の日記に書いた、同じ著者の『ペンギンの憂鬱』の読後感も紹介した。

午後は家族と電話で話すなど。科研費の申請は、骨格のたたき台がようやくできあがった。

*1:小西恵美「近世イギリス都市におけるフリーメン制度の意義:キングス・リン1635-1836年」『三田商学研究』48 (5): 91-111, 2005年、https://cir.nii.ac.jp/crid/1050282812367438976