英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(2) 〜主催者と専門家〜
英国 気候市民会議 Climate Assembly UK 報告(1) 〜参加者の選出方法〜 からつづく
次に、参加者が議論をする上で必要な知識や情報を提供する専門家、利害関係者についてである。これについても、ある意味でオーソドックスながら、しかしよく練られた構成になっている印象を受けた。
その話をする前に、改めて主催者について少し詳しく述べておきたい。今回の気候市民会議の主催者は、英国議会下院の気候変動に関連する6つのSelect Committeesである。Select Committeeというのは「英国政府の活動について精査する超党派の国会議員の集団」(傍聴者向けの説明資料から)とのことなので、日本の国会で言うと「特別委員会」にあたるようなものだと思う。
具体的には、次の各特別委員会である。
- Business, Energy and Industrial Strategy(経済エネルギー産業戦略)
- Environmental Audit(環境監査)
- Housing, Communities and Local Government(住宅とコミュニティ、地方政府)
- Science and Technology(科学技術)
- Transport(交通)
- Treasury(財政)
議会サイドでは、下院事務局と議会科学技術局(Parliamentary Office of Science and Technology=POST)が運営を担当している。
この主催者の委託を受けて会議の実質的な運営を担当しているのが、市民参加プロセスの支援を専門的に手がけているInvolveという非営利団体と、気候変動やエネルギーに関する4人のExpert Leadsである。
このExpert Leadsというのをどう訳したらいいのか、うまい日本語が思いつかないけれど、ひとまず単に専門家と呼ぶことにしよう。
- Chris Stark, Chief Executive of the Committee of Climate Change
- Jim Watson, Professor of Energy Policy, University College London and Director of the UK Energy Research Centre
- Lorraine Whitmarsh, Professor of Environmental Psychology, University of Cardiff, and Director of the UK Centre for Climate Change and Social Transformations
- Rebecca Willis, Professor in Practice, University of Lancaster
専門家の役割は、議会からの任命を受けて(1)気候市民会議に提供される情報の公平性、正確性、包括性を保証すること、(2)気候市民会議の議論が2050年に実質排出ゼロを達成するための主要な意思決定に照準することを担保することの2点である。要するに、プロセスデザインやファシリテーションの専門家と、コンテンツの専門家(Expert Leads)が共同で運営する格好になっているのである。
ここで重要なのは、専門家は単に情報提供者という立ち位置ではなく、会議運営の質の担保に、プロセスの専門家とともに責任を持つという立場だということである。1月26日に傍聴させてもらったセッションは、Chris Stark氏とRebecca Willis氏の2人がレクチャーをし、参加者の質問に答えるという内容だったが、セッションが終わった後、2人は我々傍聴者の前に現れて、気候市民会議の企画運営に関するさまざまな質問に自ら答えていた。
この点、ウェブサイトに書かれているもう少し踏み込んだ実態を紹介すると、Involveは、下院が受託業者を選ぶための公募に応募するのに先立って、2019年春にこれらの専門家たちと契約を結んでいたとのことである。つまりInvolveは、4名のExpert Leadsが運営の一翼を担うという構造と、そのメンバー構成も含めて企画提案をして、コンペを勝ち抜いたという経緯らしい。
余談だが、この構造をみて私が思い出したのは、自分が代表を務める研究グループで、昨年3月に市民陪審の手法を使って「脱炭素社会への転換と生活の質に関する市民パネル」を試行した際、研究プロジェクトのメンバーでもある江守正多さん(国立環境研究所)に「主たる参考人」を務めていただいた経験であった。あのとき江守さんに担っていただいたのは、文字通り自らが主な情報提供者を務めるとともに、他の参考人の人選も行い、会議に導入される知識・情報のキュレーションを全体的に統括する役割であった。Expert LeadsのLeadの語感は、我々が「主たる参考人」の「主たる」に込めた感じに近いかもしれない、と思った。
さて、この4人の専門家を支援する役割として、関連分野の利害関係者からなる助言パネル(Advisory panel)と、大学教授などからなる学術パネル(Academic panel)が置かれている。
前者の助言パネルは、4人の専門家が上述した(1)および(2)の役割を果たすのを助けるため、産業界や労働団体、NGOなどから選ばれた19人である。情報提供者の人選とか、かれらがカバーすべき話題の範囲だとか、参加者が議論すべき論点など、会議設計の鍵になるポイントについて、専門家に対して意見を述べる。ウェブサイトによると、これまでのところ、2019年11月と12月に1度ずつ会合を開いたという。
後者の学術パネルは、今回の議題に関連する分野の大学教授など12名からなり、こちらは参加者に提供される情報資料の公平性、正確性、包括性を保証する(という役割を4人の専門家が果たすことができる)ために、資料の査読を行う。この中には、この数年、大学院の科学技術社会論の授業で教科書として使っている、Remaking Participationという本の編者でもある、University of East AngliaのJason Chilvers教授の名前もあった。
Remaking Participation: Science, Environment and Emergent Publics (English Edition)
- 作者:
- 出版社/メーカー: Routledge
- 発売日: 2015/11/02
- メディア: Kindle版
今回のように社会的な利害が鋭く対立するテーマでは、アカデミックな意味での専門家と、利害関係者との間に明確な線を引くことは難しい。学者にもそれぞれ立場や意見があって、完全に中立的でバランスのとれた専門家など存在しないし、他方で利害関係者の中にも、テーマについて高度な知識や技術を有している専門家が揃っていることが多い。そのため、この種の会議のプロセス設計にあたっては、専門家・利害関係者をひとまとめにする考え方がとられることも珍しくない。
しかし今回の設計では、あえて両者を分けることで、情報資料の公平性や正確性、包括性の担保という、どちらかと言えば学術的な観点から行える次元の作業と、よりセンシティブに利害が関わる次元の調整とを切り分けることが可能になっているようにも思える。私自身は、この12人と19人の人選自体については、それが現在の英国においてどれぐらいの妥当性を有するものなのかを判断する情報や知識を十分に持ち合わせていないが、比較的少数の専門家のもとに、助言パネルと学術パネルを置くというやり方は、よく考えられた構成のように思われる。このあたりについては、また機会を見つけて、設計の意図や、その効果などを、より詳しく聞いてみたい気がする。
専門家、利害関係者の話はひとまずこれぐらいにして、次は今回実際に傍聴させてもらったセッションの様子を報告したい。